給料が良いし休みも多くて立場も確立していたのに何故会社を辞めたのか?[屠殺場]

うっす、しょうやんです

今回は、給料も良くて休みも多くて立場もそれなりに確率していた会社をなぜ辞めるまでいたったのかお話したいと思います。

 

 

勤めていた会社は屠殺場

あまり聞いたことないワードかもしれません。

現在では食肉センターや食肉処理場、と畜場などと呼ばれたりしています。

屠殺場というのは響きが悪いので業界の中でも徐々に無くなりつつある言葉であります。

 

業務内容は牛と豚の解体です。

生きた状態からやってきたものをお肉にします。

 

少し変わった特殊な仕事なのでどういった体制なのか疑問に思うかもしれないですが、僕が勤めていたところは皆さんが勤めるような会社、つまりサラリーマンと全く同じでした。

 

やり終まいなのと休みが多い

僕が勤めた当初は「やり終まい」ということで、業務が終わったらその時点で帰れるという最高の職場でした。

と畜場って一日に解体する数が週間予定である程度決まっており、日によっては多かったり少なかったりします。

なので少ない時にやりじまいだと、例えば8:30分に業務を開始して14時に帰宅できるなんてことがザラにありました。

その時間に見合った給料なので結婚しているとこれだけでは正直きついレベルでしたが、

僕はまだ若かったのもあり贅沢は出来ないもののおおむね満足できるくらいでした。

 

そこから会社の体制が変わり、定時が出来たものの7:30~15:15までの7時間:45分というホワイティな時間。

さらには完全週休二日制で祝日・休日も全て休みでしたので、プライベートもそれなりに充実できるような会社でした。

この頃からの新入社員は正直給料は低いものの年次昇給といって年1回は必ず給料が上がるのと、

年齢給という基本給の体制でしたので後から入っても給料はそれなりにもらえる状況でした。

これらを見ただけでも条件が良すぎ。

 

人間関係は良好だった

僕が最初に配属した部署では、特に年配の方が多かったんですがこの年配の方たちから本当に学ぶことが多かったです。

最初は正直「うるさいなぁ」と思う事も多かったですが、仕事を通して一緒に過ごすうちに様々な学びがありました。

おそらく今というかこの国に少ない人種とも言える「仕事しー」っていうワードの人達でした。

 

みんなめっちゃ働きますw

 

60~65歳くらいで定年迎えて仕事辞めて・・・っていう人が多いと思うのですが、僕の働いていたところではそんな事ありませんでした。

60歳超えても嘱託やパートという形で会社に残り最後の最後まで会社に貢献していた人たちです。

一番の年配の方で70歳超えてる方もいました。

 

仕事もいつも最前線、若者に負けてられんという気迫で仕事をされていました。

こちらも負けまいとすぐに抜かしてやると必死でした。

この最前線に立って仕事をする年配の方たちを見て僕は本当に心打たれました。

こんな人らについていかない訳がない!と。

 

仕事中はきびしいのは厳しいですが、基本的には笑いありの過ごしやすい環境で時にはバトルも勃発していましたが今となってはいい思い出です。

その他にも仕事を終えると控室で話し合ったり将棋をしてコミュニケーションを取ったりしていました。

そこには色んな人達がいましたが過去の激動の時代を生き抜いてきた人たちの力強さというものを身に染みてわかる事ができました。

そして人の温かさというものが多かったので僕自身は特に人間関係に悩むことはありませんでした。

助けられてばっかりだったので、どうか恩返しをしたいという思いでいっぱいでした。

ほかにも歳の近い先輩もいたので毎日にように遊んだり一緒にパチンコいったり、ちょっとした遊びを行っていました。

 

しばらくして立場も確立

そこから会社の体制が変わったタイミングで年配の方はほとんど辞められました。

僕はその年配の方たちから良いとこを出来るだけ引継ぎ、身につけて新しいことに挑むことになります。

今も学んだ中で一番人生で役に立っているのは人との接し方です。

 

ここからは別の記事や動画でもお話しているんですが、会社の体制が変わると同時に役職のついた立場になります。

 

当時は会社のかかげた目標に率先して向かうように業務を行ってました。

現場で身につけた包丁技術、新たに取り組んだ業務の管理、人の管理、営業業務など・・。

およそ一つの部署をまとめるような業務にまで至りました。

あの時は夢中で本当に何でもやってました。

あそこまで頑張れたのは先人たちとそこまで一緒にやってきた仲間のおかげだと思ってます。

 

最近YouTubeで観た「マコナリ社長」という方がおられるんですけど、そこに共感した言葉をお借りして申し訳ないんですけど

「友達よりも仲間」

というのは本当にその通りだと思いました。

僕は今でも当時の仲間と飲んだりご飯いくとなると最優先で行ったりしちゃいます。

あれだけ苦楽を共に楽しんだ仲間を忘れることなんて出来ませんしね。

 

ここまで順調に来たのになぜ辞めたのか?

ここまで見るとめちゃくちゃ順調に来ています。

僕でも正直もう安泰だなって思ってました、最後の1年間になるまでは。

僕はこの会社に10年務めています。

本当にウナギ上りかのように評価してもらってきました。時には失敗することもありましたが。

しかし9年目がたったころで、ある感情が抑えられなくなります。

「ここで学んだこと活かして独立したいしお金稼ぎたい」

あくまでも会社勤めだったので自分がどれだけ頑張ろうとも上限はすぐ見えていました。

もっと外の世界で活躍してもっと稼ぎたい。

その一心で会社に辞めることを告げ、引継ぎを行いました。

僕の抱えている業務が多かったのもあり、引継ぎに4人もかかるという事態になりました。

結局完全には引継ぎできずに最後を迎えましたが、僕は次のステージへ行きたかったのです。

「現状に満足できずにもっと努力と成果を得たかった」

これが僕の辞めた理由です。

 

そこから転落しつつYouTubeで現状維持

それからいくつか転職し様々な事を学びましたが明確なビジョンが決まっておらず

「ジャンルはなんでもいいからとにかく自分の力で稼ぎたい」

という一心だけを胸に転職に転職を重ねて知識などは得ましたが肝心の資金がなくすぐにショート。

今はなんとか自営業で少しずつある仕事の依頼をこなし最低限の生活をしています。

 

その中で様々なものにチャレンジもしています。

今読んでいただいているこのブログもそうですし、YouTubeも去年から始めました。

正直ブログでは現状ほとんと稼げていないので、なんとか必死の思いでYouTubeも開設。

 

しかし何の武勇伝も無ければ特技もなかったので話せるネタが屠殺場についての事だけだったのでそれを語ったところ少しだけバズりました。

そこからチャンネル登録者が1000人を超え広告が貼れるようになり収益化がスタートしました。

現状YouTubeはチャンネル登録者が1000人超えないと収益化が出来ないのもあるんですが、これがめちゃくちゃハードでした。

 

で、YouTubeを始めてからと畜場含む畜産に関することを少しずつ勉強しはじめたんですが勉強すればするほど面白い。

国が抱えている問題も様々見つかりました。

畜産に関するユーチューバー、特に僕のような「と畜系ユーチューバー」って世界に探しても僕一人だけなので僕にも何か出来るんではないかと最近本格的に行動を始めました。

 

今後の目標としては、畜産に関する情報を発信しつつ自分自身も実際に手を触れて活動を行い、日本を盛り上げるということを目標にしています。

「大口をたたくな」

と思うかもしれませんが、マジなのです。

現状はまだまだ底辺ですが、いずれ大口にならないように努めたいと思います。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。byしょうやん

 

 

 

 

 

 

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